Weekly Column 【2008.12.26】 |
今年最後です。皆様、いろんな忘年会に参加し、感無量な日々を送っているのでは?
確か前回はここでいい話(あくまで主観です)をした気がします。さて、どうしたものか。「あんかけ焼きそば」にするか、「桶」にするか。…「目」にするか。
この前、目が突然見えなくなる映画を観た。しかもそれは感染する原因不明のもので、ほぼ全ての人が見えなくなっていく。勿論フィクションで、本を原作にしている。他の映画でも実在する失明の病気を取り上げた映画もある。私が知らないだけでもっともっとあると思う。
目の見えている自分にとって、普段がそうだから見えなくなるってかなり衝撃的。平衡感覚を確認するのに、月1くらいで目を瞑って歩く(30歩くらい歩いて、真っ直ぐ歩き形を確認する)ことはあるけど、通常で見えていることが前提だからできること。自然が綺麗だと見えるのも、夜のイルミネーションが綺麗なのも、ドラマやコントなどの映像で楽しめるのも、ひとえに目のおかげ。まさに「おめめ様」です。
何が言いたいかというと、最近目の使いすぎ。ん?起きてる時間は大体目を開けてるんだから、使いすぎというのはおかしいか。正しくはパソコンの使いすぎやね。そして、目を固定しすぎ。同じ距離感で、同じ対象物をほぼ一日見てる。人の目って対象を立体的に、その距離感を把握することができる力を持っているのに、これでは全然活かせていないことになると思う。大きな外傷を負ったとき、体にギブスをつけて回復を待つけど、固定してる分その筋肉はどんどん固まっていく。傷は動かさない方がくっつきやすいけど、その分、運動機能は低下するってこと。パソコンの見すぎとは、ピントも変わらないままで、上下左右にも動かさない、正にギブス状態だ。また、パソコンは光源体?だから目に入る刺激が多い。小さな太陽を見続けているようなもので。子供の頃に「目が悪くなるからゲームをするな」と言われたのは、目筋肉がまだ成長しないときに、必要のない固定ギブスを自らつけることによって、強くなれないってこと。そう、つけるなら大リーグボール養成ギブスをつけるべき。縦横無尽に動き回りながらすれば、いいのだ。
そうか。そうだったのか。運動場や体育館くらいのスペースで、画面をどっかに固定しておいて、立ち位置が絶えず変わる。自ら走ることによって運動にもなる。指先もしっかり動いているし。環境によって、砂山があったり、水溜りがあったり、落とし穴があったりすれば二つ以上のことを同時に判断し処理行動する力、すなわち突発性事件処理能力(それらしい専門用語をつくってみた)も付くことだろう。IT機器とそのエリアの環境を含めた空間配置提案。最近、体を動かせるゲームや頭の体操的なものが流行ってるけど、そんなの全然目じゃないよ!貴方のご自宅やオフィスで如何かな?これを読んだパソコン開発関係者、ゲーム関係者の人、逆転の発想から生まれたこの構想、「目からウロコ」ものでは?
・・・はあ。
これを書くのにも目がシパシパしてきた。みんなも目は大切に〜♪
あ、よい年末を。
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